こんばんは。
ゆうです。
何か気分がのったので、続けて2本の記事を書いてしまいました。
と言っても、書きかけの記事に少し付け足した程度なんですけど。
今の仕事、内容自体は嫌いではないんです。
でも、休みや仕事の時間が不規則すぎて、
人と約束したりすることが出来ないんです。
1ヶ月先の日付でも、誰かと約束したり、予定を入れられるようになりたい。
そんなことを願う毎日です。
そう思うなら、そうなるように動こうって思って、動き始めてます。
こう思うというのを考えてみると、
自分の幸せの一つは、誰かと一緒に楽しい時間を過ごすことなんだろうなと改めて思います。
さて、今回は幸せとはなんだ?という話です。
幸せなんて自分で決めるしかないよ
最近思うに、幸せなんてものは誰かに評価されるもんじゃなくて、自分で決めるしかないと思うのです。
つまり、あいつ幸せそうだねとか、あんだけの地位やら名声があれば絶対幸せでしょとか、
第三者の声なんて本当はどうでもよくて、
自分自身がそれを本当に幸せだと感じられているかどうかこそが全てなのではないかと思います。
それって結局どういうことかと言えば、
自分で本当に好きなことをやっているか?とか
好きな人に囲まれているのか?とか、
そういうことなような気がしています。
たまたまかもしれませんが、自分にはギターというものがあり幸せだなと思います。
一生楽しめる趣味がある。
これ、幸せ。
パソコンいじって、色々な情報を収集して、ふとした時にそれを取り出して遊びに行くとか。おいしいもの食べに行くとか。
こういうのも大好きで、それが出来る環境も整えてある。
これも幸せ。
でも、冒頭でも述べた通り、
誰かと約束するってのがなかなか出来ない。
同じように、どこかのお店を予約するとか、泊まりに行くとかもなかなか出来ない。
そういうところがね、正直不満なのです。
幸せってお金とか誰かの評価でもない
幸せ度って「幸せ」をどれだけ感じられるかが勝負かとも思ってます。
そのまんまなんだけど、このそのまんまを感じることって案外難しいことなのかもしれません。
お金あるとかないとか割とどうでもよくて、
お金で手に入るものを、どれだけ自分の幸せ度に変換出来るか?の方が重要。
この変換能力が高い人は、いつも幸せでいられると思う。
幸せの尺度をお金や他人の評価に託すわけでなくて、
自分の感覚を元に幸せかどうかを判定出来る。
これって当たり前のようで、当たり前には出来ないことだと思う。
この記事を読んでくれているあなたも、
誰かからの評価や収入を気にしてはいませんか?
こんなこと語っておきながら、自分はどこかで気にしていると思います。
理屈では幸せってそこじゃないだろ?
って思ってるのに。
どこかで収入はないよりはいいし、
どこかでみんなから好かれたいということも思っていると思います。
本当の意味で
幸せとか、自分の満足とか、
そういうことにもっともっと貪欲になって生きていきたいですね。
もちろん、大事なあの人の幸せにも敏感でありたい。
ね?
たまにふっと自問自答したくなる「幸せ」の話。
それでは。
昨日よりほんのちょっとステキな明日があなたに訪れますように。